ボツリヌス治療Q&A集
Botulinum toxin therapy Q&A


はじめに

 ボツリヌス毒素を治療に応用する考えは,すでにJustinus Kerner(1786〜1862)が述べています。これが実現したのは1970年代後半で,米国の医師Alan Scottが斜視の治療に応用したことから始まりました。1980年代には爆発的な適応拡大が起こり,とかく欧米に後れをとりがちな日本でも,1987年から臨床応用の試みが開始されました。現在,日本ではボトックスィ注100(発売元:アラガン株式会社)が,唯一臨床現場で使用できる薬剤として販売されています。しかし適応症が「眼瞼痙攣」「片側顔面痙攣」「痙性斜頸」の3疾患に厳密に限られており,海外で広く行われている他疾患へのoff label useは,保険診療の性格もあって日本ではまったく行えません。そのため,ボツリヌス治療の臨床研究がほとんど行えないのみならず,上記の3疾患以外では,治療すればよくなることがわかっていながら,あまり有効とはいえない代替の方法でお茶を濁すという非効率・非倫理的な診療を余儀なくされている,というのが今の日本の実情です。その一方で,(おそらく個人輸入されたボツリヌス毒素を用いた)美容目的の使用がメディアでしばしば採り上げられるなど,日本のボツリヌス治療には,明らかに「ねじれ」がみられます。

 さて本書では,ボツリヌス治療の資格は得たものの,実践するには自信がない,あるいは今後本格的にこの治療に取り組みたい,という先生方のために,全国から寄せられた質問に対する私なりの回答を掲載いたしました。医療全体がのどかであった過去とは異なり,最近の厳しい情勢を反映して,添付文書などの公式文書は,国内外を問わず防衛優先の傾向がみられると思います。そのため,文書記載の内容と現場医師の印象とに,かなりの隔たりを生じる可能性があります。しかし,公式文書の記載を無視したり否定したりすることはできませんから,本書では,これらとの相違点を記載するに際し,それが誰の意見か(文献記載か,私の個人的意見か)がわかるように配慮したつもりです。

 なお本書では,ボツリヌス治療に関する基本的事項の記述は省略しています。これについては拙著『ジストニアとボツリヌス治療』(診断と治療社, 1996)などをご覧いただければと思います。また,アラガン株式会社発行の「Reference Watch / Focus on Botulinum Neurotoxin Therapy 」では,最新もしくは重要文献の解説を行っていますので,知識の更新にお役立て下さい。

 本書が安全・確実なボツリヌス治療実施に役立つことを願っております。


2003年2月
京都大学医学部神経内科
目崎高広


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